コラム

3月の知床岳

Matsuno

 水の匂い漂う春山に挑むと、雪面にヒグマの足跡を見かけることがあります。
 私にとって印象深いのは、3月の知床岳。
 朝焼けの海岸線を背に、知床の原生林を行き、標高を詰めていくのですが、道中、半ば呆れてしまうほど、ヒグマの痕跡を見かけるのです。
 彼らは、人の世にさしたる関心を示さず、泰然と山野を往来しているため、自分たちが人間の定めた法律の下に管理されているとは、思いもよらないでしょう。

 北海道は、ヒグマによる人身被害の防止、人里への出没の抑制及び農業被害の軽減、並びにヒグマ地域個体群の存続を目的として、「北海道ヒグマ管理計画」を定めています。
 もちろん、むやみに野生動物の管理計画を策定するわけにもいきませんから、同計画は、一定のルール、すなわち、法律に基づいて制定されています。
 鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律(以下単に「鳥獣保護法」とする。)の第7条の2は、「都道府県知事は、当該都道府県の区域内において、その生息数が著しく増加し、又はその生息地の範囲が拡大している鳥獣(希少鳥獣を除く。)がある場合において、当該鳥獣の生息の状況その他の事情を勘案して当該鳥獣の管理を図るため特に必要があると認めるときは、当該鳥獣(以下「第二種特定鳥獣」という。)の管理に関する計画(以下「第二種特定鳥獣管理計画」という。)を定めることができる」と規定します(※下線は著者が付記しました)。
 そして、「北海道ヒグマ管理計画」は、令和元年度に春グマ猟が廃止され、道内に生息するヒグマが増加したことを契機に(すなわち「その生息数が著しく増加し」たため)、鳥獣保護法の第7条の2に基づいて策定された「第二種特定鳥獣管理計画」なのです。
 

 第二種…鳥獣…難しそうだなあ、と思うかもしれませんが、百聞は一見に如かず、是非ネット上で「北海道ヒグマ管理計画」と検索して、実際に計画をご覧になってみてください。  

 ヒグマの生態や道内のヒグマの生息状況等、ヒグマの住む山が身近にある北海道の方々にとって、有益な情報が記載されていると思います。

 

 例えば、ヒグマの1年に関する記載を抜粋すると、「3月下旬から4月下旬頃にかけて冬眠から覚め、活動を始める。妊娠したメスは、冬眠中に1頭から3頭の子を出産する。子は出生後に母親と行動をともにしたあと、生まれた次の年の夏頃に親と離れることが多い。交尾期である4月下旬から7月上旬にかけて、オスの成獣は発情したメスを探して広い範囲を行動する。秋になると、次の冬眠にそなえて体脂肪を蓄積するために大量の食物を摂取する。そして、11月下旬から12月中旬にかけて再び冬眠に入る」(北海道ヒグマ管理計画(第2期)素案第1章1の⑶)と記載されています。
 

 また、令和4年3月初旬、知床半島に定着している推定ヒグマ個体数が速報値で400頭~500頭であると公表された、とのニュースを耳にした方もいるかと思いますが、実はこの報告、「北海道ヒグマ管理計画」の地域計画である「知床ヒグマ管理計画」の第2期案を策定する知床世界自然遺産地域科学委員会の協議会でなされたものでした。
 知床半島の面積は、1230㎢ですから、ヒグマの生息数を450頭として、熊密度を計算すると、0.36熊/㎢となります。
 平地の少ない急峻な知床半島の3㎢に1頭のヒグマが暮らしていることになりますから、知床半島の熊密度には驚かされるばかりです。私自身、知床連山の縦走に出かけると、毎回ヒグマを見かけますので、実体験とも符合する熊密度となっています。
 
 さて、ここまで北海道におけるヒグマの管理計画について述べてきましたが、自然の中に暮らす彼らは自由そのものであり、実物を目にすると、その立ち振る舞いには、畏敬の念を持たざるを得ません。
 皆さんも、ヒグマに出くわした際には、冷静に50メートルほどの距離を取った上で、少しだけ彼らを観察してみてください。   

知床岳山頂より流氷の海
朝焼けの海岸線を背に・遠景は国後島
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